京都大学大学院|鈴木晶子 Official Web
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つながりの中にある心の響きあいを可視化する

子どもたちの意識が目覚める時~
リズムを創り質に変化をあたえる「タクト」

 どことなく上の空な感じの教室で先生が「ここを見てください」と板書を指し示すと、生徒はその方向にいっせいに意識を集中します。注視することで、漠然と見ていただけでは気づかないものが見えるようになる。すると今度は何が訪れるんだろうという期待が生徒に生まれ、次に来るべきものを自分の情報として受け止める心の準備状態を作ることができます。学ぶという主体的な営みにはこの意識の集中が欠かせませんが、教室でその瞬間を創り出し共有するには、どのような秘訣があるのでしょうか。
 教育の場では、グループ学習、各自がノートをとる作業、全員一斉に黒板に注目させるなど、複数の異なった空間の使い方を組み合わせて変化をつけます。先生も生徒の中を歩いたり後ろに回ったり、あるいはイスに腰かけ生徒と同じ目の高さに並び、「身の構えを変える」ことで生徒とのコミュニケーションの質を変化させます。様々な「技」を使って空間や時間にリズムを作り、質の変化を活用して授業を設計しているわけです。
 指揮者が手にする「タクト」は演奏をまとめあげ聴衆を音楽の世界に引き込むはたらきをしますが、オーケストラをマネージメントするように、先生も生徒を授業の流れに乗せリズムを作っていく、これを「教育的タクト」と呼んでいます。メトロノームのように時を刻み、均質な授業時間にアクセントをつけ、ある時は生徒を集中させ、ある時は拡散させ緩ませ、時間や教室という空間に濃さと薄さを作っていく。――先生は「タクト」で授業という空間、時間に質を与えているとも言えそうです。

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てのひらの知恵~ふれあうことで育まれるもの

「タクト(拍子)」の語源には「接触」「触覚」という意味があります。歩く時、人は足を地面につけたり離したりを繰り返しますが、この大地を踏みしめる「触覚」がリズムを生むのですね。たとえば私たちがものを「見る」「聴く」という時は、見ている私と見られているもの、私が聴いているというふうに、必ず「私」という意識が入ります。では両方の手のひらを合わせてみてください。右左、どちらがどちらを触っているのかお分かりですか?「触れる側」「触れられる側」が同時に感知されどちらとも解釈できます。触覚は京都学派*(注)でいう“主客が判明しない感覚”なのです。
 先生のタクトはあえて意識的に工夫する場合もあれば、身体の中に染み込んだ技のように、予定していなくても無意識のうちに自然に瞬時にその場の状況を判断し決断し、対応することもあります。欧米ではtactfull person(タクトがある人)と言い、「あの人は人の気持ちを思いやる」「人間交際が得意だ、如才ない」「臨機応変な」「心の機微、繊細な感情がわかる人」などと用いられます。tactfull teacherはまさに生徒に最も適切な形で関わることができる先生というわけです。
 人間が生まれて初めて触れるのはお母さんの胸。お乳を飲み、胸に抱かれその乳房に手を触れる、やがてハイハイする、伝い歩きできるようになる…。「触覚」は、自分の足で地面に立つようになった時、自分がその空間のどこにいるか把握する能力“空間感覚”、そして転ばずそこに身を置き動き回る“バランス感覚”“体勢感覚”を培い、更には社会での立ち位置や存在の大きさを自覚する、調和を保った行動や自己主張ができる感覚にまでつながっているようなのです。

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人と人とのつながりを豊かにする技をみがく

 最初に「タクト」「触覚」が人間交際の知恵、臨機応変の才と考えられたのは今から250、260年ほど前。産業革命でオートメーション化が普及し職人が技を駆使する手業が失われ、触覚の知恵が衰えていった時代、そして人の流れが変わった時代でした。それまで人びとは、近所づき合いの密度が高く、通りで会う誰もが、○○家の長男でそのお父さんもおじいさんもどんな家かも知っているという具合に、出自やプロフィールを把握しあった共同体で暮らしていました。
 ところが産業の機械化で人口が都市に集中すると、初めて出会う人とのコミュニケーションが増えます。身分を超えて努力次第で階級を上ることができる時代には、自分を分かってもらうために「私はこういう人間です」と効果的に売り出さなければなりませんし、一方で他人のプライベートに踏み込まず傷つけないつき合い方も学ばなければなりません。人と人との心の距離を推し量って行動する必要が生じました。「交際」とはまさに“際を交わらせる”。自分と人との接触の境界部分、自分と社会との際に敏感になっていくにつれ、「タクト」は人とふれあう知恵、技として解釈されるようになったわけです。
 そこでヘルバルト(ドイツの哲学者、心理学者、教育学者)は、「タクト」を人間交際の知恵、教育者が身につけるべき技の中でも最も重要な「教育術中の最高の宝石」と名付けました。先生があえて自覚的に磨くことで、教育をなりわいとして成り立たせ、その基盤として不可欠だけれども目には見えない何か、それを浮き彫りにするために「タクト」という言葉によって導き出そうとしたと見ることができます。
 人間が環境や宇宙の中で関わりあいつながりを持っていく時、目に見えないけれどお互いに響かせ合っている心の触手があって、透明人間に布をかけるように、目に見えない触手を「タクト」という言葉でくくったらどう見えるでしょうか。私たちのコミュニケーションを成り立たせているものの秘密も見えてくるのではないでしょうか。とりあえずそう名付けてみることで、様々なつながりの営みが見えやすくなるかもしれません。

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変化のさなかでぶれずに寄り添う“場の力”

 常に動きの中にいるバレリーナが、動き自体はとても不安定な中で、ある安定した確実なものを支点としてどんな動きにもぶれずに保つ、ある種の虚焦点を持っているように、先生も授業時間の流れの中で、教室という空間での立ち位置、質的な身の置きどころ、心の置きどころ、間合いをはかりながら動きます。生徒と人間同士として向き合い、どこに着地点をもっていくかを想定して、後手に回らないよう少し前のめりに状況に寄り添い、瞬時の決断や判断を重ねて流れを作ります。
 「タクト」は問診で一瞥しただけで患者の状態を総合的に把握できる医師にたとえて「名医の一瞥」とも呼ばれます。また、ドイツの哲学者イマヌエル・カントは「綱渡りの曲芸師のタクト」と“臨機応変”を強調した言い方をしました。曲芸師は綱の上を歩く時、落ちてしまわないように常に少し前、綱の向こう岸を見ながら渡っていきます。その瞬間、何か特殊な感覚が働いているのかもしれません。目標は前方にありながら、遠目の目のようなものを自分の中に設定しつつ動いていく感覚を「タクト」と考えたのです。そしてこの特殊な感覚、瞬時の判断力、決断力、臨機応変な対応の知恵は、熟練したバレリーナや医師、曲芸師がそうであるように、あたかも無意識の“勘”に見えるところまで「勘やしない」をすることができる、技として養成することができるはずなのです。 教育はまさにライブ。先生と生徒、どちらが作っているのか作られているのかわからない中で関係性が立ち上がっていき、曖昧模糊とした状況が動き続ける中で、誰かが特別に能力を持っているということではなくて、触手同士がうまく結び合った時、その場が動いて、先生を、生徒を、活かしていきます。このような「場の力」も、「タクト」と呼べるかもしれません。
 あれもこれもタクトと名付けてしまうと、多彩ゆえに曖昧になったり、「タクトは万能」と過信してしまいかねません。けれどタクトは、「確たるものとしてここにあります」と具体的に示すことができないからこそ、その働きを見ることによって見えるもの。それがタクトの“技”たる所以ではないでしょうか。技は人格の衣を着て初めて花開く。つまり技とは、技を使ったパフォーマンスとして、人間の体を介して外に向かって表現されて初めて見えてきます。その働きを通してしか見ることができないのです。風を見ることはできないけれど、樹木の葉が揺れるさまを見て、私たちはそこに風の存在を知ることができるように。

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達人の勘に学び、経験で磨く「技」

 ヘルバルトはタクトを「技」と考え、教育術中の最高の宝石“束ねる術”を磨く方法を開発しました。人類の教師と言われ「直感」を鍛えられるものであるとしたペスタロッチ(1746-1827 スイスの教育実践家)、その直感を磨くための「経験」をどのように身につけていくか、直感と経験の関係に着目したのがヘルバルト。そしてその考え方を更に発展させたのがアメリカのジョン・デューイ(1859-1952 哲学者)で、教職教養中の三大教育者と言われています。
 「経験」にも様々なものがあり、実際に授業をして得た経験、達人と呼ばれる先輩の技からエッセンスを盗んで使い勝手がよいように変え自分に馴染ませていく“見様見真似”、あるいはモデルや手本から学ぶこともできますが、コピーのようにやみくもに真似ても身につきませんから、見様見真似にはそれなりの工夫が必要です。身をもって知ったのでなければ本当に「わかった」とは言えませんし、技は実際に用いる経験を積んで初めて磨くことができます。これが実際にはなかなか難しいのですが…。
 技の修練は達人に学べと言います。同じ授業を参観しても、ベテラン先生となりたてほやほやの初心者では目の付け所が違うというわけです。たとえば建築のプロと一般の観光客がお寺に足を踏み入れたとき、観光客はその寺の建築にどんな工夫がなされているかまで見抜けませんが、熟練のプロならば一つ一つの構造、細工の奥にどれだけの工夫があるかという奥行きが見えます。達人が発するありきたりな「おはようございます」のたった一言にもどれほど工夫や技が潜んでいるか、その奥行きにはこちらも目利きにならなければ気がつきません。目利きの勘、直感が育ち、一つ一つの具体的な言葉の背後にある思惑が見極められるようになって初めて、自分の段取りでおこなう授業の工夫も深まっていくことでしょう。
 つまり「経験から学ぶ」「経験を糧にする」には、そこで実際に何が起きているかを解明するだけでなく、次に出会うべき経験に対する構えをも整えていく、将来自分自身の糧になっていくであろう状況にも準備し仕掛けをすることが効果を生むのではないでしょうか。ここに踏み込んだ点が、ヘルバルトもなかなか苦心したところであろうと思います。

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心に響いたものを言語化していく作業が、本質を見る眼を育てる

 経験を糧に技を磨くために新しい経験への心の準備をととのえる、それを次の実践に役立つようデザインしていくことが重要とヘルバルトは考えました。過去の経験を要素ごとに分解しマップ化する作業です。
 マップ化するのは目に見えた具体的なことだけではなく、エモーション……自分の心に響いた、感情に働きかけた、目に見えないけれど直感的にわかっていることも含みます。「この子はまだ力が表に発揮されていないけれど、深いところではわかっているようだ」というような、子どもたちの状況から感じ取れることを言語化する訓練です。その言語化された記憶を次にやってきた経験と結びつけていく作業を通して、経験マップが充実していきます。認知的なものだけでなく感覚的なものにも目を向けると、「達人のみごとなパフォーマンスの奥にはどんな経験マップが積み重なっているのかな」という目の付け所が育ち、大切な要素を的確に捉えることが可能になります。先生が教室での経験をマップ化していけば、自分の経験を客観的に捉え、次の教育を実践していくための手がかりとなるでしょう。
 ヘルバルトは現場に深くふれ合いながら、教育の理論を作り、方法を生み出し、「教師のための地図」というべき元祖経験マップを作りました。これが明治期に西洋型の近代学校教育制度を確立したとき教育法として日本に入ってきて、今日の学習指導案となりました。

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教育に身体の知恵を取り戻す

 明治期に日本にやってきたヘルベルトの経験マップには、実は授業を順序だて型通りやるための「マニュアル」として形骸化して伝わってしまったという残念な経緯があります。現在の学習指導案の元になった本来のヘルバルトの教授法は、タクトと一体化した経験マップの作り方の基本要素でした。まさに魔法のタクトのように優れた技が働き、先生が状況を引き寄せていくために徹底的な修練を積み、準備を整えていく方法論。ところがそこから4つの要素を取り出した「4段階教授法」だけが伝わってしまい、ヘルバルトの教授法は一面的にしか取り入れられていません。
 今、再び“触覚の時代”と言われ、260年の時を隔ててタクトの「触覚」が見直されている背景には、手業を使った職人の知恵や触覚がオートメーション化によって衰えたこと、あるいはIT化、コンピューターの普及によって、バーチャルなリアリティのない世界の中で、じかに人間に触れる機会が少なくなっているという、目に見えないものの重要さ――触れずして触れる、人間と人間とが心の琴線に触れ共鳴し合ったり波長を合わせていったりという感覚が失われていく時代における、ある種の危機感があるのではないでしょうか。教育現場で「身体を見直そう」「実感や体感を大事にして学習していくにはどうしたらいいか」と考えられ始めたのは、バーチャルな経験で満ちあふれる現代社会で、実感や体感あるいは身体の知恵というものに、これこそ今失われつつあり、失ってしまってはいけないんじゃないかという現場の先生方の感知だろうと思います。
 本来の経験マップとタクトがセットになった教育の知恵・方法は、まさに今、日本の教育現場に復活していくことが重要です。技の修練、身体の知恵というのは、産業革命以前は西洋にもあって忘れられていますが、日本では西洋以上に深く探究されてきた実績があります。西洋の学校教育現場や教育学者も注目しており、身体の知恵や技の修練、あるいは触角が持っている能動・受動が一体化したような不思議な感覚、そういったものの知恵は、東洋、特に日本の得意分野です。これを土台にして東洋から21世紀型の技・修練の知恵を、新たな学習論や教師養成論、教育方法論、教授論として深め、発信していく時ではないでしょうか。

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